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「ブルターニュの真珠」モン・サン・ミッシェルを訪ねて-Part2

「ブルターニュの真珠」
モン・サン・ミッシェルを訪ねて-Part2
(1999年9月20日)
いよいよモン・サン・ミッシェルへ
 一夜明けると、いよいよモン・サン・ミッシェル訪問の日を迎えました。朝食を済ますと、予め調べておいた駅前のバス停へ向かいました。途中で寄り道して、サンマローの城内に入ってみました。かつての旧市街は、城壁に囲まれた街になっていました。10時過ぎに、モン・サン・ミッシェル行きのバスが来ました。大型バスを運転していたのは、金髪の女性でした。幸い最前部の席が空いていましたので、彼女の慎重な運転ぶりが良く見えました。バスは海岸沿いの道から、内陸へ入り緑の田園を走ります。乗ること1時間で、前方に海の中に聳え立つ写真でお馴染みのモン・サン・ミッシェルが姿を現しました。とうとう来たのか!と、私の胸に迫るものがありました。バスは島に繋がる堤防を渡ると、終点に着きました。金髪女性の運転手に、「グッド・ドライビング!」とお礼を言ってバスを降りました。目の前の門をくぐると、狭い道路の両側に店やレストランが並んでいます。先ずはランチをと、目に付いたレストランに入りました。目指すメニューは、ブルターニュー名物の「クレープ」です。今や日本でも大人気なクレープの起源は、ここブルターニュにあります。しかもオリジナルのクレープは、もともとソバ粉を使っていたそうです。大皿に乗せられたクレープは、原料のソバ粉が示すように茶色をしていました。その上に何故かアイスクリームのトッピングと、同じく乗せた「カルバドス」に火を付けます。燃える火でアイスクリームが溶けて、クレープに広がります。このクレープとセットの飲み物が、シードル(リンゴ酒)です。気候が冷涼なブルターニュ地方には、ブドウが採れません。ワインが出来ない代わりに、多量に採れるリンゴを原料にシードル(英語のサイダー)が名産です。このシードルを更に醗酵させたのが、「カルバドス」なのです。まずブルターニュの名物料理で満腹した後、いよいよモン・サン・ミッシェルの頂上を目指しました。
       
刻一刻と近づくモン・サン・ミッシェルに、心が躍りました。

バス乗り場の入口には、満潮の警告板が出ていました。

頂上から周囲を展望する
 
曲がりくねった狭い道を、行きかう観光客を避けながら登りました。石畳の道は、丘を螺旋状に登ります。傾斜がけっこうキツイので、シードルで酔った身には堪えます。激しい心臓の動悸に、中途で一休みしました。うまい事に、所々に張り出しの展望台があります。眼下の海をみながら、しばし身体を休めました。折しも「引き潮」の時間で、遥か彼方まで海岸の砂浜が現れていました。遥か沖には、イギリスがあるはずです。更に登り続けて、頂上の修道院に着きました。火照った身体を冷やしていたら、近所で日本語が聞こえます。おや?と見回すと、日本人の団体がいました。案内人は美術の専門家でしょうか、なかなか聞かせる説明でした。それも時の話題を織り込み、飽きさせない工夫をした案内はさすがだと思いました。頂上の展望台からは高度差があり、私たちが降りたバスの終点が遥か彼方の下に見えます。かつて陸と隔絶していた島の時代には、満ち潮で流された巡礼がたくさんいたそうです。今日では堅固な堤防で繋がれ、常時の行き来が可能になっています。しかし最近、浜で遊んでいた日本人観光客が潮流に流されたというニュースを聞きました。
 
門から上に、修道院の尖塔が見えました。 上に登ると、遥かな下にバス乗り場が見えました。


折しもの干潮に、幅広い干潟が沖まで現れました。


 


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